父親が自衛官であったために厳しく育てられたが、それがあまりにも理不尽すぎたために嫌気がさして家出する。
その後、クラブサウンドと出会いカリスマDJとして活躍。
20歳の頃に実業家から一億円を借り入れディスコ「XISA CLUB」をオープンさせる離れ業の偉業を成し遂げる。その後、マハラジャ広島店の店長をしていたが、逃げた友人が作った借金4000万円を背負う。
しかし、斬新でスタイリッシュなカフェやレストランを次々と展開し完済する。
2000年
に東京進出を果たし、大阪、京都にも展開する。

厳しい教育に対するアンチテーゼが強く、番組では「脱・体育会系を目指している」と公言している。規制やマニュアルに縛られることも嫌い、独自の路線で新しいスタイルを貫いている。


テレビ番組『マネーの虎』で最初に出演した頃は、発言が少なく存在感の薄さは否めなかった。

しかし、ハンドメイド家具店を開店希望する志願者が、借金について虚の発言で謝罪したとき、「僕の目的は、(借金なんて)どうでもいいんですよ。
あなたが成功してくれる事が、僕にとっての成功であるし…やろうよ」と、優しく語ったことが視聴者の好感を得る。
その後、怒りをあらわにする社長が多い中で、志願者にクールで歯切れのいい発言で、一躍レギュラークラスの虎になった。

堀之内九一郎社長や小林敬社長などの厳しい社長と、激しく対立することが多かった。
特に、芸能事務所志願者の回では、収録後も大モメになるほどの事態に発展した。
また、タイの麺料理・カオソーイの屋台志願者に対して試食を拒否したり、わざわざトランスレーベルの志願者のために、吉田栄作をイギリスに行かせるなど大胆な行動も目立った。

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